【講演録】 若者の思いがカタチになる地域へ 川中大輔氏

若者の思いがカタチになる地域へ

講師:川中大輔 氏(シチズンシップ共育企画 代表)

2015年7月19日に実施した「わかもののまち・焼津フォーラム」でシチズンシップ共育企画 代表の川中大輔氏の講演録です。これから私たちがどんなまちを目指していくのかについての大きなヒントとなりました。

■私は何を本当に必要としているか?

シチズンシップ共育企画代表の川中です。「やりたいことができる」というキーワードが冒頭の青野さんのプレゼンの中で出てきましたが、それに関連する詩をひとつ読んでみようと思います。塔和子さんという、ハンセン病という肌の病気にかかった方の「人の匂い」という詩です。塔和子さんは、私が一番欲しいのはブラウスや宝石ではなく、人と触れ合う、人と関わることだと思われたということです。では、皆さんは何を本当に欲しているでしょうか? まずは、そのことを考えていきましょう。なぜ、このような投げかけから始まるのだろうなと疑問に思われるかもしれませんが、この問いがまちづくりのスタートになると私は考えています。

自分がどういうことを求めているのかを知る。そして、その求めていることが、叶うまちなのか、叶わないまちなのかを考える。求めていることが、このまちではどうやら叶いそうにないなと思った時、変えてやろうと思う人はまちづくりに関わることになります。しかし、それでも、このまちはダメだと思えば、まちを捨てることになるでしょう。このまちは自分の欲していることが手に入って、やりたいことができる。そのことを通じて、このまちは素敵だ!いいまちだ!と思えば、住み続ける。住み続けている人が魅力的に動いていれば、あんなにおもしろそうなまちなら住みたいと感じる人を移住者として吸い寄せることになる。単純な話ですが、ひとりひとりが欲しているものが得られたり、やりたいことができたりすることが、まちづくりや、そこで人が暮らしていく上では本当に大事なことだと思います。11705194_1466852320276779_1907952645075813115_n

■「私」から始まるまちづくり

私は、高校生や大学生と関わることが多いですが、いつも若者と関わるときには「何をしたいの?」という問いからはじめます。「こういうことやってください」とは言いません。やらされることが多ければ、自分のやりたいことができる時間がなくなりかねません。まちづくりという言葉には様々な定義がありますが、私は簡略化してお話しする時、プラス(魅力)を生かし、マイナス(問題や困りごと)を解決していくことだと言っています。このまちづくりが、どうも他人事になってしまう。これはなぜか。(依頼や強制から始まって)「私」から始まっていない。自分の思いを掘り起こして、「それわかる!」と共感する人が出てきて、グループになっていき、活動が生まれて、まちづくりが始まる。私一人だと「私の問題」ですが、2人3人と共有できる人が出てくると、それは「みんなの問題」と変わっていく。私にとっての問題と、社会や地域の問題を結びつけていく、私の願いや望みと、地域の発展を結びつけていくということです。この流れの中で自発的な社会参加に繋がっていきます。上からリーダーシップをとられて、「まちに参加しなさい」ではなくて、「意見を言いたい!」「参加したい!」と下からグッと盛り上がってくるようなまちが、生き生きしているまちだと思います。やらされてやることは、言う人がいなくなったら終わりやすい。やらなきゃいけない強制力がなくなった瞬間、みんな手を抜き始めていく。自分のやりたいという気持ちが原動力であれば、そこに槙をくべ続ければ、燃え続けていきます。

■人間は原因のつくり主であり、解決の主役でもある。

私が初めて自覚的にまちづくりに関わったなと思ったのは小学校5年生の時です。私は当時、兵庫県明石市に住んでおり、海が好きでした。よく海を見に行って、ボーッとしていた。小学校の授業で、その明石の海が実は汚れていることに気づいたのです。海や川の汚濁について、色々勉強していったのですが、その結果、友達3人で「海を守る会」をつくることになりました。地域住民を学校にお招きする時に、「みんなで環境に優しい石鹸や洗剤を使おう!」ということを学ぶ場を設けたりしました。私は人見知りで奥手で、あまり人の前に立つことはなかったのですが、そんな自分が突き動かされるほどの思いが芽生えたのですね。そのことがキッカケとなり、環境のことが私にとって気になる問題になって、神戸空港の建設が議論されているときも、環境アセスメントはどうなっているのか気になって、中学校二年生の時には、神戸市役所に質問状を書いたりしました。小学生の時に学校の近くの本屋で見つけた本にこう書いてあります。「私たち人間は問題を作り出した原因であると同時に、事態を好転させていく主役にもなれるのです」。社会の問題というのは、人間が何かをするから起こっていることが多い。人間の孤立の問題にしても、環境にしてもなんでもそう。ということは、人間が起こしているのだから、その動き方や働き方を変えれば、(社会を)変えていくことができる。今もなお、勇気がでる言葉です。

高校生の時からは、阪神・淡路大震災で被災した子ども達をキャンプに連れて行ったり、不登校の子ども達の学習支援をしたり、沖縄の地域活性化の活動や市民活動支援の活動に参加したりして、様々な活動へと広がっていきました。どれも「やれ」と言われたものはありません。自分がやりたいこと。あるいは、やっている人に触発されて、自分もやりたいと思って動いたものばかりです。 

■「どうせ変わんないよ」が変わるとき

こういう活動をしている人は、大体「社会を変える」と言う。それから、「地域もよくなる」と言う。内心思いませんか、「本当に社会や地域は変えられるの?」と。私はずっと疑問でした。特に、中高生の頃は、「どうせ社会は変えられない。そんなのはきれいごとだ。都合よく大人は若者の言うことを聞き流すだけじゃないか。」と。中高生の頃はものすごい社会不信だったのに、大学生になってから、ボランティア活動を熱心にしているんですね。これはなぜか。阪神・淡路大震災からの復興が非常に大きな影響を持っています。その過程には、多くのボランティアやNPOの人、自治会など住民組織の方が、すごいいっぱい声をあげて汗を流して、新しい制度や仕組み、サービスを作り出したのです。良い復興へと近づけていった先輩方がたくさんおられました。少しボランティア活動を始めると、そういう先輩方といっぱい出会うことになります。これは、驚きなわけですね、「そうか!この人がいなったらこの制度できなかったんだ。」と。しかも、この人が、政治家でも役所の人でもない、「普通の市民」。この出会いで、社会は変えられるかもしれないと思うようになりました。

■社会を変えられる自信を回復する

もちろん、社会はボタンを押すとパチンとすぐに大きく変わるものではありません。時間をかけて、ゆっくり変わっていくものです。私は今、尼崎(兵庫県)に住んでいますが、尼崎の空はいま青いのです。「何を言っているんだ?」と思うでしょうが、尼崎は工業の街で大気汚染公害がすごく、空気をきれいにするなんて雲をつかむようなことだと言われていたのです。でも今は青い。行政や原因企業が自発的に動き出したわけではありません。当時の住民の一人が、「こんなんイヤや」「公害イヤや」「こんなんおかしい」と声を上げていって、空は青くなっていったのです。「やればできる。だからやろう!」というメッセージをこの歴史から私は受けとっています。

ところが、私たちはそう思えなくなっている。「やればできる!?ホンマか?」と。自分にそのような力があるように思えない。そういうことは「すごい人」がやるんだろうと思いがちです。また、先ほども言いましたが、自分と地域を結びつけて考えることがあまりないので、社会の一員という意識があまりない。そこまでして地域を大切にしたいという愛着が湧いていないこともある。「やればできる」の前提が弱い。この課題に私は取り組んでいます。

「最近の若いもんは自己中心的じゃないか。社会や政治に無関心じゃないか。」という方もおられますが、私は決してそう思いません。東日本大震災がそのことを私たちに教えてくれました。震災の翌日、3月12日にはびっくりする光景が広がりました。発災から一日で、大阪や神戸の駅前には募金箱を持った学生があらわれt、すぐにいっぱいになりました。やっぱり、ひとたび「こと」があれば人は動きだす。何か揺さぶられれば、スイッチが押され、目が覚めるのです。だから無関心なのではなく、スリープモードだと言っています、最近の社会の動きを見てもそうだと言えるでしょう。では、どういうときにスイッチがオンになるか?これは若い人に聞かないとわからないことです。どうやったらやる気になるの?そう問いかけて、環境を整えていくことが大人の責任でしょう。

■弱い問題意識から始める

シチズンシップ共育企画は、こうした課題意識から「ユースACTプログラム」という長期実践型ボランティア学習プログラムを京都で行っています。学校外で高校生を対象に、「自分たちのまちをもっとこうしたい!こういうのやだな…」という高校生の思いから企画をつくり、プロジェクトを立ち上げ、実施、評価していくものです。だいたいこの流れで半年強の活動に取り組みます。最初は社会を動かしている大人と出会おう、というプレプログラムがあってから、キックオフ合宿を行います。いろいろな背景を持った若者が来ます。だから最初は「出会い」の時間。仲間になっていく時間があります。

そして、自分と向き合いながら、地域や社会を見つめ直していきます。弱い問題意識が抽出されてきますが、この時点では「なんとなくこの辺が気になる」でオッケーです。活動しながら「なんとなく」を確かめていくことになります。弱い問題意識なので、自分の内へと深くもぐらないとつかまらない。しかし、深いところは暗いので、ちょっとしか見えないのです。人間はこういうものを見つけると、自分から調べたくなります。活動したくなる。動きたくなる。これは赤ちゃんや子どもを見ればわかります。子どもは好奇心の塊ですよね。「あれ何?これ何?なんでこうなっているの?ああしたい!こうしたい!」って、いっぱい言います。その好奇心が教育を受けるに連れて、萎んでいってしまう。人間の内にある好奇心の塊を起こしていくと、自分から動いていくのだから、それを大切に扱っていこうと、カール・ロジャーズは言っていますが、私たちもそうした、「内発的動機付け」を大切にしています。

高校生は、ものすごく面白いテーマをとり上げます。在日外国人差別や戦争の問題をとり上げる若者もいます。「学校では、素の自分が出せない」「友達とは楽しい話はできるけど、相談はできない。」と居場所づくりの問題を出した若者もいました。

■人間交際経験を多様化する

テーマが見えたところで、最初にフィールドワークに行きます。自分のテーマに関係する活動をしている団体でインタビューをしたり、インターンシップをしたりします。世界観を広げるのが目的です。私がこのプログラムで心がけていることの一つは、「人間交際経験の多様化(the diversity of human experience)」です。私たちは広い世界で生きているのですが、狭い世界しか認識できていないことは少なくありません。付き合っている人がいつも同じ人だと、いつも同じようなコミュニケーションになりやすい。いつも同じコミュニケーションだと、考えることもいつも一緒になりやすい。結果、同じ価値観しか生まれにくくなる。だから、多様な人と日常とは異なる関係をつくり、異なるコミュニケーションをして、異なる価値観や考え、動きが出てくることを目指したい。そうして、いろいろな人と交わる中から自分がフィットする場を探していって欲しいのです。

コミュニケーションには、「俺ら仲間だよね」という同質性を強化する側面がある。異質な他者に排除することになる。もうひとつには、「はじめまして」と、異質な他者への広がりをつくりだしていく側面がある。この2つのコミュニケーションが身近な世界とパブリックな世界で展開されています。フィールドワークを重ねて、同質性から異質性へ、身近な世界からパブリックな世界へと展開していきます。好奇心から関係を広げていくための環境をつくっていくのです。

この後、企画を立案するのですが、完成したら「私たちこういうことを考えました!」と発表します。その発表への質問や助言から、必要性がみいだされれば、街頭アンケートなどの社会調査に取り組みます。例えば、自転車の違法駐輪問題に取り組んだ時には、まちなかの中高生に「なんで駐輪場に停めないの?」ということを聞いていく。なかなか大胆さが必要なことなのですが、76人から頑張ってアンケートをとりました。こういう過程を経て、自分たちのプロジェクトを形にしていきます。イベントになることもあれば、何かのツールをつくることもあります。

こうした活動期間中、高校生と主に関わるのは大学生です。大学生は何をしているのかといえば、教えているわけではありません。サポートすることが、彼ら/彼女らの役割ですが、私は一緒に悩んで、一緒に考えてくださいと大学生にずっと言っています。隣に人がいることが安心感になり、やりたいという気持ちが支えられる。企画書ができれば、関係機関の方やOB/OGのメンバーなど、できるだけ色んな人の力を借りて、想いを実現していきます。まちのひとはみんなのことを大切にしてくれるということに、いろんな大人がいるということに気づいてほしいんですね。

また、日々の活動ごとに振り返りをしています。「今日どう感じた?今日どんなことが印象に残ったの?なんでそれが印象に残ったの?」そのようなことを聞きながら、彼ら/彼女らにとってこの活動はどんな意味があるのかを自分の言葉で語っていってもらいます。決して、今日はこんなことがありましたね、というようなまとめを私たちがしません。

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■自分の「やりたい」と他者の「やりたい」の調和

当然ですが、グループで活動をしていくと、だいたいどこかの合意形成で一悶着があります。その時に多数決はとりません。丁寧に話し合っていくことを心掛けています。私たちが目指していることは、まず一人ひとりが自分を大切にしてほしいということ、そして、他者と調和してほしいということです。自己満足も良くないですが、みんなのことに気をつかうあまりに自分を我慢することも良くないでしょう。一般的に日本の高校生は、他者と調和することは十分にできます。なかなか、自分のこうしたいを表に出さないことが多いですね。こうした過程で、大学生は高校生との関わり方について悩むことが多いので、ケースカンファレンスを京都市ユースサービス協会の人と一緒に行い、大学生の成長も支援します。

先ほども言いましたが、一人ひとりの思いを大切にしたいので、私たちは「どうしたい?」「どうする?」と訊ねます。「どっちにする?」と訊くと、高校生は選ぶだけになって、話はしやすくなりますが、支援者が示した選択肢の範囲内に囲い込むことになります。間違っても「こうしよう!」「こうしたほうがいいよ!」「こうしなさい!」とは言わないですね。時間がかかるので、大変なことです。学校の中では、この時間を確保するのが難しいことが少なくありません。学校の外だからできているところです。最近はクラブ活動をしている高校生も参加しているので、学校外で時間を確保するのが大変になっているのですが、それでも高校生は部活だけでは満足できないと言うのです。その気持ちに応えたいですね。

■「!」ではなく「?」

また、プロジェクトは失敗してもいいよと言っています。変に大人が環境を整えすぎてしまうのではなくて、自分たちでやることで、自信も強まります。一連のすべての活動が終われば、しっかりと時間をとって振り返りをして、必要があればレポートを書き、自分の中の気づきや学びを言語化していきます。ここでおもしろいのは「できた!」「わかった!と思った人は続かないことが多いということです。「うまくいかなかった。どうすればうまくいくんだろう?」「これどうなってるんだろう?」と疑問符が多く出た人のほうが活動が何かしら続くことが多いのです。普通、大人は!(感嘆符)で終わらせたい。そのほうが綺麗ですから。しかし、「もやもや」して終わることにも価値があるのです。そのままの姿を報告会で示して、ひとまず終わりとなります。

ユースACTプログラムの体験を通じて、地域や社会を全身で感じながら、「やればできるんだ」という自信や、「自分たちが地域を担っていくんだ」という自覚が生まれていったらいいなと願っています。その効果を測るために、高校生にはアンケートをとっています。社会との距離感がどれくらい縮まりましたか?、ボランティアにどれくらい関心が沸きましたか?、興味のある社会的な出来事があれば自分たちで調べるようになるか?、他人に関心を持ってコミュニケーションをとるようになるか?など、いろいろなことを聞いています。ユースACTプログラムの「卒業」後には、東日本大震災の後、現地のNPOの人と一緒に仮設住宅での交流イベントをしたり、大学進学後に地域の商店街活性化の活動を企画したり、社会起業をしたメンバーもいます。

■「問いかけと手応え」のある場を!

私たちはこの実践から他の方々に訴えているのは、「問いかけと手ごたえ」が得られる場が大事だということです。「ああしなさい、こうしなさい」ではなくて、「どうしたいの?」にする。問いかけに応じて人は考える。考えるから言葉が出る。自分の内から出た言葉だからやるし、力が出る。

また、行動しても「何の意味もなかった…」と思われないよう、「何かしらの意味はあった」と思えるようにして、手応えをつくりだしていく。それが気づきや成長につながっていく。

しかし、実際はこれとは逆で「かけ声と空振り」になることが多いのです。「みんな、まちに参加しよう!ゴミを拾おう!」と言われて、みんなポカーンと集められる。タウンミーティングで政策や施策を提案しても、「今日は貴重なご意見、誠にありがとうございました。市民の声を大切にして市政を進ていきます。」と言われて終わる。何も感じられない言葉ですよね。これではダメです。何でも聞き入れることを求めているのではありません。キチンとコミュニケーションをとることが大切だということです。意思決定者との「対話」の時間をつくることで、彼ら/彼女らは「自分たちの声を大切にしてくれるまちなんだ!」と感じることになるでしょう。

奈良市では、「子どもにやさしいまちづくり条例」が今年できましたが、その条例づくりには、小学生・中学生が参加しました。尼崎では、中学の教育環境整備で学校給食と空調設備でどちらを優先させるかを決める会議で(大人だけではなく)市内の全中学校の生徒が参加して議論する機会を設けました。中学生からは、給食でもクーラーではない、クラブ活動の環境整備や校外学習の機会拡充など、様々な意見が出て、市長や教育長も驚いていました。対話の場で、市長や教育長の考えが変わっていくこともおもしろかったですね。色々な参加の場面がありますが、お飾り参加ではなくて、意味のある参加が必要でしょう。

私は今、尼崎に住んでいるのですが、学校でもこうした教育に取り組んでいきたいと考えています。例えば、公立中学では、自分たちの学校や校区をどうよくするかを自分たちで企画して実行する「社会力育成事業」という取組に関わっています。今年からは市内の高校生を対象に、市とJCと私たちの団体が連携して、自主的な地域活動支援の取組も始まります。いくつかの神戸の中学校などでは、学級会の話し合いを変えるスキルアップやリーダーシップトレーニングを担当しました。私の知り合いの先生は、兵庫高校で地域の問題を調べて、その解決策を考えて実行する授業が設けられていたりしています。

■大人も社会に参加する

ただし、若者ばかりではなく、大人のシティズンシップ教育も必要です。去年、北海道広尾町では、「ひろお未来塾」という活動が面白かったですね。主に30代の酪農家や農家、漁師や料理人、お商売をしている方、役場の人など、多職種の社会人が集まり、自分たちの地域活性化プランを考え、実行していっています。最初は受け身なところから始まったそうですが、だんだんやる気になって、報告会に行ったら、張り切ってとてもしっかりした改革案を提案していました。。

大人が地域に住み続けるには、仕事をつくることも大事でしょう。地域が大好きでも、仕事がないからまちを出ていくことが多い。地元企業に就職するのも一つですが、起業も一つで、社会起業のサポートもしています。また、市民の動きが地域に広がっていくには、行政との協働も重要ですから、そのための環境整備やコーディネートの支援もしています。行政側も変わっていかなければいけないですね。

■市民が社会を変える2つの方法を学ぶ

市民が社会や地域をよくしていくときに2つの方法があります。ひとつは、自分たちで活動して変えていく市民的関与。もうひとつは、政策を提案したり、政治家と議論して変えていく政治的関与。政治家や行政と若者がつながる場も大事でしょう。この2つの方法を実行できる力を育みつつ、思いをカタチにできる機会を整えていくことを今後も取り組んでいきます。

パウロ・フレイレは、自分たちが感じたり、知覚している問題を解決していく過程での対話が教育であり、その中で被教育者と教育者は連帯関係がつくりだされていくものであると述べています。このような形の教育を通じて、若者が未来をあきらめるのではなく、未来の可能性を信じられるようになる。若者が自分の力を信じられず、刹那的に生きるのではなく、自分の力を認めて、未来に生きていくようになる。そして、みんなの手で未来をつくりだしていく地域になる。そのことを目指していきたいと考えています。

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